自作PCの聖地ドスパラ

初めてドスパラに行ったのは確か1990年代初頭。

秋葉原からオーディオブームが完全に去って、パソコンの街へとすっかり変遷を遂げた頃でした。

あの頃は裏通りに入ると不思議な物を売る店がたくさんあって、中には道端に露天を開いて怪しい効果を謳う改造用部品などを売る人までいました。

ジャンク屋さんが結構ありましたね。

昔のアキバを知らない人には想像できないでしょうけれども、結構グレーな印象のある一角もあって、危険を感じることはなかったものの、だからといって家族連れで楽しめる街でもありませんでした。

そんな私は今でも当時発行されたDJ CLUB MEMBERS CARDを持っています。

やけに手触りがよいけれども、紙かなこれ。

いや、薄いけれども紙ではないようです。

カードを触りながら眺めていたら、いろいろ思い出しました。

JRの駅を降りて中央通りを越えた角に都銀があって、そこを向こう側に回り込んだ裏通りがドスパラのある通り。

安さと品揃えで有名な店が軒を並べていたことから、パーツ街とか呼ばれていた気がします。

私にとってドスパラは自作PCの聖地なのです。

参考:ドスパラ 評判 悪い

初めて店に入った時は、「狭い所にいろんな物がたくさん積んであって、どこに目的のパーツが置いてあるのか探し当てるのは大変だけど、逆にそれが楽しいな」というような印象を覚えました。

特に二階はかなりコアな物が置いてあって、見るだけでも大変勉強になりました。

週末で忙しいのに、珍しい物に興味津々な私の質問に答えてくれた店員さんは知識が豊富で親切でした。

それに気をよくして買ったのが知る人ぞ知るパラスカです。

PCのパラレルポート・インタフェースをSCSIに変換するというキワモノで、これを通してSCSIインタフェースのCD-ROMドライブにアクセスしました。

当時外付けCD-ROMドライブはSCSIインタフェース仕様しか存在せず、SCSIカードは個人で気軽に買える値段ではなかったのです。

HDDのリムーバルケース、いわゆるガチャコンを知ったのもドスパラでした。

こうして振り返ると、結構貴重な情報収集の場でもあったのだなあと今感じます。

これは確か二作目の自作PCのときでした。

組み上げてもなぜかBIOSが立ち上がらず、一週間悩んだ後、翌週末に物を持って相談に行きました。

判定はマザーボードの初期不良。お店のボックスに取り付けても起動しなかったので、あっさり新品交換となりました。

当初購入したのと同じボードが品切れだったので、他メーカーの同等品に変えてもらったことまで覚えています。

最近は店まで出向くことが億劫になってしまい、もっぱらネットから注文しています。

直近で買ったのはやはりPCパーツ。

Raidを組むためのHDDでした。

実をいうと、近年では他の一般的な買い物の関係で、他のネットショップからの購入も割とあります。

しかし、だからといってドスパラファンをやめたわけではありません。

しばしば、信じられないような買い得品が出るので、パーツが必要な際は必ずチェックするようにしています。

前に書いたRaid用に買ったHDDがそれでした。